ペッパーランチ物語 | ペッパーランチ

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ペッパーランチ物語

Stage3 再生

社内決起大会

1997(平成9)年5月7日、創業28周年とともに社内決起大会を行いました。かつて20周年、25周年の時に何も行事らしいこともしなかった分まで、今この時にやろう、という一瀬の決意がありました。内実は、資金操りが苦しいままでしたが、そんな時だからこそ、社員の志気を揚げるためにも盛大に決起大会を行う意義があるのだと考えたのです。
 今は苦しいけれど、必ず再生できる。年間売上9億円を超える企業に成長し、業態もステーキ店、とんかつ専門店、ペッパーランチ、フランチャイズ事業、トンカツソースなどを販売する外商事業と多岐にわたるようになり、さらに企業らしい企業にしていこうという思いもありました。
 この決起大会では、OGMコンサルティングの榊氏に「変わりたくて変わる」というテーマの講演をお願いしました。また、全店長の決意表明、従業員表彰も行われました。

創業30周年記念式典

 悲壮ななかにも志気を高めた決起大会から約3年後、2000年3月24日、創業30周年記念式典が開催されました。会場は決起大会時と同じホテルイースト21東京。
 この式典で一瀬は思い切った行動に出ました。「株式公開を目指す」という一大宣言です。
 それに対する思いが、当時の社内報に面々と綴られているので、抜粋して紹介します。

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 今に見てろ。いつの日かやってやる。と言いつづけて30年が経ちました。でも、その長き経営に対してのお祝いではありません。長く続けることは、価値あることかもしれません。でも、私にとって、式典当日はこれからの会社の更なる発展に向けて決意表明を従業員さんはじめ、ご縁のある方々に発信し、皆さんと共に、決意を固める場としたかったのです。そのためにも、将来に対して、自信の持てる布石をいくつか持ち、現在の実績も、この式典を迎えるにふさわしい内容とするために昨年来、一生懸命に頑張ってこれました。今、その成果が実り、従業員の皆さんもこの式典で、頑張ればこそ、このような晴れやかな式典に参加できる実感を持ったと思います。普段、各店舗で作業に従事している従業員さん、ともするとご自分の考えも狭くなりがちですが、きっとこの式典の状況、雰囲気から自分たちの勤務する、会社に対しての誇りも、可能性も、再認識出来たと思います。この式典で「平成14年7月に株式公開」を発表しました。今年ペッパーランチ20店、来年40店出店しで、その年の決算で最高の結果を出して、翌年7月に公開です。このペッパーランチは、当社が創造した新業態です。ドトールコーヒー様、オリジン弁当様、ほっかほっか亭様、吉野家様、これらのチェーン店、これらの各業態のお店を知らない人は、いないでしょう。どれもが、新業態の誕生でした。ペッパーランチだけ公開企業の仲間に入っていません。この、20店、40店達成の延長に株式公開が可能となります。そのために、従来の方法を革新的にかえなければなりません。
(社内報第36号2000.4.5発行より)
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JR東日本フードサービスとのFC契約

 あるレストランショーにFC募集のために出展した折り、一瀬はJR東日本フードビジネス(当時・JR東日本レストラン)の鈴木賢一氏(代表取締役常務)と出会いました。これが、厳しい経営状態にあったペッパーフードサービスにとってひとつの追い風になりました。JR東日本の子会社であるJR東日本フ一ドピジネスとFC契約を結ぴ、JR渋谷駅前のガード下にペッパーランチを出店する運びとなりました。
 2000年9月に開店するや、たちまち人気を集め、月商1500万円ペースの繁盛店となり、今日、ペッパーランチの看板店舗的な存在になっています。「JR東日本グループが」「ペッパーランチという店を出し」「繁盛させた」という話題性からマスコミの注目度も高く、取材をうけることが増え、それが販促効果に結びつく幸運もありました。これにより、マイナーだったペッパーランチがメジャーな存在になっていきます。「ペッパーランチ?ああ、知ってる」「渋谷のあそこにある店だよね」などという会話が聞かれるなど、認知度も高まっていきました。

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