ペッパーランチ物語 | ペッパーランチ

  1. ホーム
  2. ペッパーランチとは?
  3. ペッパーランチ物語
  4. Stage4 持久走

ペッパーランチ物語

Stage4 持久走

BSE騒動~「助けて下さい」

 2001年9月、思いがけない事態となりました。BSE(狂牛病)騒動の発生です。たちまち消費者の不安が広がり牛肉を食べないようになり、牛肉をメインとする飲食業を行う店舗や企業は売上不振に陥ることに。風評被害のあおりを受けて、ペッパーランチでも閑古鳥が鳴き、大きなダメージを受けました。
 おりしもこの2001年は、一瀬が勝負の年と決意していた年。もはや店舗数が50を超えている現状を基盤に株式公開を描いているなか、2001年の年頭に40店舗の新出店を表明し、新聞全面広告など広告宣伝活動にも力を注いできていたところでした。この効果があり、新規加盟店向けの説明会の動員力もアップし、年の後半になってからはマニュアル一式の整備、諸規定の整備・研修センター開設など、企業の体制をより整えていこうと投資を続けていた時期のこと。騒動が起こった9月よりも、10月になって売上が毎日下がっていく現象が全店舗に起きました。
 一瀬のもとには日報などを通じて各店舗のオーナーや店長の悲痛な思いがいやというほど伝わってきます。一瀬自身もこのままいったらどうなるのか、と恐ろしい不安を抱えます。国の施策に誤りがあったことが原因だとしてもまさか直訴はできない、けれども、現場ではこんなに困っているとわかってほししい……その思いで、一瀬が紙に書いたのが「助けて下さい」でした。

 パソコン入力で書いた文章をA3判の紙にプリントアウトし、これを全店舗に張り出すことにしたのです。最初の日曜日にー瀬が一人でようよう7、8軒の店を回り、翌月曜日の本部会議で正式に決定するや、全員が手分けをして張りに行きました。この紙を見た人は皆足を止めてくれたようです。張り出した翌日、新聞記者の方が東銀座店の張り紙を見つけ、取材して記事にしてくれました。それが呼び水となってテレビの取材も入り、たちまち、「助けて下さい」という言葉とともに一瀬社長、そしてペッパーランチは大きく取り上げられていきました。
 10月18日、厚生労働省及び農林水産省から事実上の安全宣言が出されました。これを受けて、ペッパーフードサービスでは「安全宣言フェア」キャンペーンを展開し、販促活動に力を注ぎました。そうして、徐々にその成果が表れ、12月になる頃にはほぼ騒動前の売上に回復する店がほとんどとなったのでした。

研修センター開設

BSE騒動のダメージを受けたさなかではありましたが、2001年10月、本社のあるビルの3階に研修センターを設けました。
 加盟店希望者や本部従業員の基本研修、商品開発、そして次年度開校予定のペッパーランチステーキ大学の多目的な活用を考え、研修室(セミナー教室)、ペッパーランチ1店舗分をフル装備したテストキッチンなど設備も充実しています。
 そこヘのー瀬の思いとは、研修終了後すぐに各店舗に配属してしまうと、オペレーション的にはマスターしているものの、まだ充分に企業理念やお客様への思いなどペッパーランチのDNAたる部分を身に付けないままなので、この研修センターでしっかりとDNAを理解しようというもの。本社直轄の研修センターですから社長も足を運びやすく、プログラムに沿った研修とともに時には社長がマンツーマンで大事なDNAを伝えることができます。こうして、技術も心もペッパーフードサービスのスタンダードに適したスタッフたちが育ち、羽ばたいていくわけです。
 時代は変化し、時には思いがけなし波も押し寄せます。しかし、どんなことがあっても、おいしく安心な食べ物を提供しお客様に喜んでいただく、というペッパーフードサービスの心は変わりません。その不変の思いが、研修センターの礎となっています。

資本提携

2003(平成15)年の初め、伊藤忠商事と資本提携をしました。小さな組織で大きな経営を図りたいペッパーフードサービスとしては、本部スタッフは増やしたくない。そこで有力企業と提携することにより組織を小さいままで情報力アップや予算達成が実現できればと考えたのです。出資額は4995万円、370株、出資にあたっての条件などは特にありません。
 さらにその後、吉野家ディー・アンド・シーとの資本提携がありました。こちらは約6000万円、全株式の9.4%に当たる額を出資いただき、条件などは特にありません。
両社の出資をいただき、資本金は1億3800万円となりました。

フードコート店が加速

 2003年3月、川越市のショッピングセンター・ウニクス南古谷にフードコート1号店を出店、その後も小倉、佐野、昭島など、同年12月までにフードコートへ15店を出店しました。
 フードコートへの出店にあたり、まずピッグサイトの展示会会場の疑似フードコートに出店したところ、大成功。この手応えをベースに、これまでにない出店ブランドを求めているデベロッパーのニーズに応えてプランを進めることにしました。
 まず、プレートの重量と形状の改良を行いました。アルミニウムに鉄をコーティングし従来比で約1.2キログラムの軽量化を実現し、プレート周囲の縁を高くしてビーフペッパーライスを混ぜるときにこぼれないように工夫したのです。電磁調理器もプレートが適温になれば自動的にスイッチオフとなるように変更。クイック&クオリティーの徹底を図りました。フードコートの店舗に来店される客層は主婦や家族連れが多いことを考慮し、ビーフペッパーライスのSサイズやセットメニューなどメニューにも工夫をこらしました。
 こうして、郊外や地方ではフードコートタイプの店舗、都市圏では従来通りの路面タイプという棲み分けが確立でき、店舗展開のノウハウもそれぞれに蓄積されていきました。

オーストラリア産牛肉の輸入

 2003年、MLA(豪州食肉家畜生産者事業団)の要請をいただき、5月〜6月にオーストラリアを視察し、オーストラリア産牛肉の品質と安全管理体制を確認した上で、オーストラリア産牛肉の導入を始めました。アメリカ産牛肉との割合は、2003年度末でおよそ4対6と、オーストラリア産牛肉へのシフトが進んでいきました。BSE騒動によるダメージの経験をもとに、アメリカに一極化するリスクやコストを考えた展開です。その後もオーストラリアでパッカーや牧場を訪問するなど、現地とのパイプづくりを積極的に行ってきています。

通算100号店達成

 2004(平成16)年11月12日、ペッパーランチ10周年・100号店
達成記念決起大会が、ホテルイースト21東京において開催され、取引先関係者、メーカー、マスコミなど約400名が集いました。一瀬が100号店達成までの歩みを振り返り、当社が今日あるのは皆様のおかげであるとの感謝の気持ちとともに、今後も地道に店舗展開を進めていく決意を語りました。

続けて、OGMコンサルティングの榊氏の講演では、従業員も味もサービスも全て一流のペッパーランチを目指し、お客様に対して感動を与える21世紀の新しいチェーン店の展聞を期待する旨、話されました。

ページの先頭へ

© Pepper Food Service Co., Ltd.

pepperlunch